てんのなかのきぼう

短編小説を綴っています

ペットの男

 

タワーマンションに住むような人間は本物の金持ちじゃないのよ」

 情事の後、詩織は言った。

「どうして?」

 無性にタバコが吸いたいのを堪えていた亮平は、どうでもいい話だとは思いながらもそう聞いた。

「見下ろすことに快感を覚えるのは劣等感の裏返しなの」

「別に見下ろすというより、夜景が綺麗だとか、遠くの山々が見えるとか、そういう人もいるんじゃないの」

「高いところに住むかどうかという選択肢というか、価値観の問題よ」

 亮平にはよく理解できなかったが、それ以上何かを言うのは避けた方がいいと判断した。それに何よりとにかくタバコが吸いたかった。

 竹下亮平と佐野詩織は、その日、南青山のKというレセプションホールで行われた、30代限定の婚活パーティーで知り合った。

 男性10万円という高額な参加費は、都内で開業医をしているYが支払った。Yは、亮平の高校時代からの遊び友達で、異なる大学に進学してからも、卒業して異なる仕事に就いてからも、友人の少ないYは付き合いの良い亮平に定期的に連絡をしてきた。

 迎えに来てくれたタクシーに乗り込むと、

「悪いな、亮平、付き合わせて」

「いや、どうせ暇だったし構わないよ」

「じゃ、向かってください」

 Yは運転手に向かって言った。

 車は、青山通りから表参道を東に折れ、根津美術館手前で南に入って行った。

 そのレセプションホールはいわゆるアートスタジオのような広々した空間で、入り口に掲示されたポスターは、彫刻や絵画の個展や写真展などが開催予定であるとアナウンスしていた。

 ロビーから螺旋階段を上がると、正面には受付が用意されていて、黒服の男女二人が慇懃な態度で迎える。

 会場の入り口でウエルカムドリンクを持った黒服の男女がいて、亮平は、スパークリングワインを手に取って会場に入った。開始まで15分ほど余裕があるせいか、参加者は多くはなく、男性が4、5人、女性が3人ほどだった。

 腕時計で時間を確認した亮平は、Yに目配せし、グラスをテーブルに置くと会場を出た。受付の男性に、喫煙はと聞くとロビー横に喫煙ルームがありますと言う。

 螺旋階段を下り、ロビーを横切って目立たない場所にある喫煙ルームに入った亮平は、立て続けに3本吸った。

 会場に戻ると、ちょうどパーティーが始まり、おきまりの一対一の自己紹介タイムがスタートした。

 女性が座っているところに、男性がやってきては10分ほどで順次交代していく。

 女性は6人だった。

 亮平を見た女性たちは、舞い上がり、自分がいかに才女で、ピアノやバイオリンが出来、英語に堪能で、料理が上手で、子供好きで、家庭を切り盛りする才覚に溢れているかを熱く語った。しかし、それは、亮平の自己紹介が始まるまでだった。平凡な自己紹介が終わると彼女たちの亮平への興味は冷め、あからさまに次に向かいたがり、そわそわするのだった。

 亮平は、3人が終わる頃にはもうタバコが喫いたくてそればかりを考えていた。

 5人目の女性の時だった。

「あなたの興味は女性じゃなさそうね」

 名乗りもせずいきなり言われ、亮平は返す言葉に窮した。

「いいのよ。別に。でもお金には興味があるでしょ」

 その一言で亮平は、タバコに持って行かれていた意識がその女性に向いた。

 女性は佐野詩織と言った。歳は、亮平より3つ上で38歳。高級インテリアの輸入販売をしていて、銀座を始め都内のしかるべき場所に店舗をいくつも持つ経営者だった。

「このすぐ近くにもあるわよ」

 涼しい顔で詩織は言った。

 詩織は、特別美人ではなかったが、化粧映えのする派手な目鼻立ちと、ボディラインを強調したドレスに身を包んだ豊満な体は、いかにも男好きのする女性だった。

「後でゆっくりとお話ししましょう」

 一対一のコーナーが終わり休憩となるや否や、亮平は喫煙ルームに駆け込んだ。

 亮平がタバコを覚えたのは高校生の頃で、父親のハイライトを一本盗んでおき、親のいない時に吸ったのが最初だった。友人たちは初めてのタバコはむせてしまって吸えたもんじゃないと言ったが亮平は違っていた。こんな旨いものがあるのかと思った。亮平のタバコ好きは社会人になっても変わらず、一日二箱のタバコを吸い続けていた。

 休憩を挟んで、会場に設えてある止まり木や、ソフア、バーカウンターなどで、気になる相手と会話するフリータイムとなった。

 亮平は、会場の隅で、ちびちびと白ワインを嘗めていた。

 詩織の周りには、数人の男たちが取り囲んでいたが、彼女は、亮平を見つけると彼らを押し退けるようにして、一直線に、しかし優雅な足取りで彼の元へとやってきた。

「あら、お一人なのね」

「まあ、そうですね。場違いですから」

「場違い? 私にはそう見えないけれど」

「そうですか。しかし、貴方も含めてこのパーティーの参加者は、それなりのステータスの人ばかりでしょう。僕は違いますから」

 詩織はさも愉快そうに笑った。

「面白いことおっしゃるのね。まあ、いいわ。とにかくここを出ましょう。疲れたし、落ち着いたところに行きたいわ」

 そう言うと、詩織は踵を返し、会場出口へと向かった。亮平はどうしたらいいのか、逡巡したが、有無を言わせないような詩織の言葉と態度に、追いかけるようにして出口へと向かい、その途中でYを目で追ったが見当たらず、そのまま会場から出た。

 螺旋階段を降りると、詩織が待っていた。彼女はパーティーの受付にいた黒服の男性に何やら囁き、男性は頷いてどこかに電話を掛けた。

 亮平は身の置き場のないような思いで、その場に突っ立っていた。

 しばらくして、会場前に、車がやってきた。

「さあ、乗りましょ」

 詩織に促され、運転手が開ける後部座席に亮平は乗り込んだ。

 初めて乗る車だった。

「これは何という車ですか」

ベントレーよ。イギリスの車」

「どちらまでお送りしましょうか」

 運転手が言った。

「うちでいいわ」

「承知しました」

 車は流れるように走り出し、10分ほど走って、広尾にある瀟洒な低層マンションの地下にある車止めに入って行った。

 車を降りると、

「佐野様、お帰りなさいませ」

 とコンシェルジュが言い、観音開きの荘重なドアが重々しく開く。

 奥のエレベーターに乗り込み、詩織がカードキーをかざす。フロアを示すような表示はない。エレベーターの扉が開くと、そこは、玄関前の踊り場になっている。他の部屋は見当たらないので、フロア全体が詩織の占有となっているようだった。

「どうぞ、入って」

 10畳はあろうかという玄関を抜け、大人二人がゆうにすれ違えるほどの廊下を進み、いくつかの部屋のドアを通り過ぎてリビングに入ると、そこは50畳ほどもある広大な空間が広がっていて、明らかに高級そうな黒革の大型ソファセットが2脚に、ぼんやりと光るスタンドライトが所々に配置され、壁際にはバーカウンター、大きな窓のそばには、人の背丈ほどもある大型の観葉植物がいくつか置かれている。キッチンは見当たらない。

 さすがにインテリアの輸入販売をしているだけあって、まるで、外国の映画やドラマで見るセレブが暮らす部屋のようだった。

「どうぞ、適当に掛けて。くつろいでくれていいわよ。飲み物は何がいいかしら」

 そう言われて、亮平は喉が渇いていることに初めて気づいた。彼はビールを頼んだ。

 3人がけのソファの両端に亮平と詩織は腰掛け、ビールと赤ワインで乾杯をした。

「私がなぜ今日、貴方を選び、ここに連れてきたかを教えてあげる」

 彼女は、そう言ってソファに深く身体を預け、赤ワインを一口啜った。

 詩織の顧客は、様々な業界の本物の金持ちばかりであって、彼ら彼女らは、基本、お金でモノの価値を判断しない。例えば、あるインテリアを詩織が100万と言えば、100万であり、1億と言えば1億になるだけのことである。そのような価値観の人々は、自分の持つ価値観には徹底的に拘り、金に糸目はつけず決して妥協はしない。

 彼らのなかには、多くはないが同じ価値観の人がいて数人のグルーピングが形成され、そこでは独特の遊びというか愉しみ方が存在すると詩織は言った。

「貴方には私のペットになってもらいたいのよ」

「ペット……」

「貴方と契約したいの。3年で3千万。それでどう?」

おっしゃっている意味がよく分かりませんと、亮平が正直に言うと、

「貴方はダイヤの原石だと私は思ってるの。私のグループの集まりに連れて行きたいのよ。自慢したいの。皆、それなりの男性を連れてくるけれど、きっと貴方が一番になるわ」

「その集まりに一緒に行くだけですか? それとも他にも何かあるのですか?」

 詩織は、赤ワインを飲み干し、妖艶な笑みを浮かべた。

「もちろん、それだけじゃないわ。貴方はペットなんだから。この意味分かるわよね。主人である私が望めばいつでも貴方はそれに応えなければならない。でも、それ以外は全て自由よ。他の女と遊ぶのも、どこで何をするのも構わない」

 逡巡する亮平に、

「少し時間をあげる。それに、試してみないと判断もつかないわよね」

 詩織はそう言うと、身体を起こし、亮平の手を取った。

 ベッドでの詩織は、見かけと違い品の良い淑女のようで、亮平を驚かせ、さらに、その身体は若い女性にはない成熟した女の魅力があった。

「どう? 少しは考えはまとまったかしら」

 情事の後、うつ伏せの詩織は、亮平に顔を向けて言った。

「僕には仕事があります。急な呼び出しとかには応えられないかもしれません」

 仰向けの亮平は天井を見たまま言った。

「仕事ねえ。じゃあ契約金を倍の6千万にするから仕事を辞めてここに住みなさい。それならいいでしょ」

 1ヶ月後、亮平は、再び詩織のマンションを訪れた。

 リビングには、詩織の他に、パリッとしたスーツで身を包んだ50代と思しき男性がいた。

「顧問弁護士よ。契約はいい加減にはできないから」

 顧問弁護士は、アタッシェケースから書類を取り出し、一部を亮平に渡すと説明を始めた。それは詩織に聞いていた内容と同じであったが、さらに違約金という項目が付加されていた。亮平が、定められた内容に違反すると、契約金の6千万はそっくりそのまま返金せねばならない。

「それともう一つ。特約を付けたいのよ」

 詩織がそう言うと、顧問弁護士がさらに書類を一部亮平に手渡した。

「契約期間の間は、タバコを吸わないこと。貴方がヘビースモーカーなのは匂いで分かってる。私は他人が吸うタバコにどうしても我慢できないの。いい? 絶対にタバコを吸わないこと。私の前だけじゃなく、どこででもよ。それが守れれば、別に1千万払うわ。でも、もし一本でも吸ったら、違約金として全額返してもらうけど」

 急に言われた新たな提案に、亮平はどうすべきか迷った。大好きなタバコを止めるのは簡単ではない。しかし、すでに会社の上司には、退職する旨を伝え、不動産屋にも部屋の退去を申し出てしまっている。それに、亮平の頭には金の計算があった。

契約違反さえしなければ、3年間で、7千万もの金を手にすることができる。こんな大金を掴めるチャンスはまずない。仕事はまた探せばいいし、セレブの集まりに行って、たまに詩織の相手をするだけだ。タバコが吸えないのは何よりも辛いが、それも7千万のためだと思って3年我慢すればいい。

「タバコのことですが、匂わない対策を徹底してもいけませんか」

 ダメもとで亮平が言うと、

「ふふ。どうしても吸いたいのね。ただ厳密に言うと、匂いじゃないのよ。貴方にはタバコをやめて欲しいの。これは分かってくれないかもしれないけれど、私の価値観なの。だから1千万払うのよ。まあ、どうしても嫌ならこの話は無かったことにさせていただくわ」

交渉で詩織に勝てるとは思えず、結局、亮平は契約書にサインした。

 

詩織のセレブグループの集まりにやってくるのは、6人で、詳しくは明かされなかったが、身につけているジュエリーや時計はもちろんのこと、別荘や高級車をはじめとしてプライベートジェットからクルーザーなどの所有物から付き合いのある政財界や芸能界、あるいはプロスポーツ界の人々の名前に至るまで、言葉の端々からは、相当なレベルのステータスにある女性たち、もしくはその夫の妻であることを窺わせた。

彼女たちは、全員、ペットの男たちを連れてきていた。

ペットは、20代前半から40代後半くらいまで年齢層は様々で、日本人のみならず、白人が二人に黒人も一人いた。共通していたのは、その誰もが、単なるファッション雑誌の表紙を飾るようないい男というだけではなく、立ち居振る舞いから場に適応した豊富な話題まで、個性的であり、かつ洗練されているように亮平の目には映った。

初めて、亮平がペットとして参加した夜、それは、グループのうちの一人の別宅でのことだったが、頭のてっぺんからつま先まで、容赦なく品定めする女たちの無言の視線に晒された。

それはほんの短い時間だったが、亮平は、その視線に、生まれて初めて、言い知れぬ無力感と屈辱を味わった。まるで本当にペットショップに売られてきた子犬のように自分を感じた。

見た目は可愛いらしいけど、それだけね。中身は何もないわ。

女たちの視線はそう言っていた。

亮平はその場を逃げ出したくなり、同時に無性にタバコが吸いたくなったが、これも大金のためだと何度も自分に言い聞かせた。

詩織の一方の要求は、週に2度ほどだったが、求められるときには、何度も求められ、辟易しながらもやはり金のためだと言い聞かせた。

とはいえ、日中は特に何もやることがなく、日がな一日、詩織の広大なマンションの一室でテレビやスマホでユーチューブを見たり、買ってきた雑誌を読んだりして過ごした。

 初めの頃は、会社に行かなくて良い解放感や、部屋にある高級な食べ物や飲み物を好きなように味わえる贅沢もあって、それなりに楽しんでいた亮平だったが、そんな生活に飽きが来ると、途端にタバコで頭が一杯になり、吸えないと思うと、余計に吸いたくなる衝動に駆られてしまう。亮平は、自分がおかしくなりそうになり、なんとか気を紛らわせようと考えた。

「ジムに行こうと思うんだ」

 ある夜、亮平は詩織に言った。昼間、疲れてしまえば、夜はその疲れで眠ってしまい、タバコのことを思い出さなくて済むと思ったのだ。

「あら、いいじゃない。知り合いのジムがあるからそこへ行ったら」

 亮平は、広尾駅からほど近いビルにあるジムに通うようになった。

 3ヶ月ほど経って、身体つきが精悍さを増してくると、敏感なセレブ女たちの亮平を見る目が変わってきた。亮平のひ弱そうだった首や肩、胸周りに筋肉がつき、それは、ワイシャツのサイズが変わったことでも分かった。

 亮平はそれに気を良くして少しばかり自信を持つと、時間だけはふんだんにある彼は、その時間を利用してあのセレブ女たちを見返そうと思い立った。

 カルチャースクールに通い、歴史から音楽、絵画に文学と様々な講座を次から次へと受講し、図書館に行って、関連図書を読み漁り、さらにユーチューブで投資の勉強も始めた。セレブ女たちが必ずする話題の一つは、株やFX、暗号資産など投資の話だったからだ。

「S商事の株が上がりそうだってある人が言うんだけどどう思う?」

 グループの集まりで、一人の女が言った。他の女たちが首を傾げる。

 亮平は、スマホを素早く見て、

「S商事は、ファンダメンタルも強いですし、ここ最近の出来高も増加しています。移動平均線の長期も短期もじりじり上げてきていますね。株に絶対はありませんが、買いに適した時期ではあると思います」

 そう言うと、亮平を見る皆の表情が驚きに変わる。

 さらには、社交ダンスまで習いに行ったがそれにも理由があった。

「いつか社交ダンス始めようと思ってるのよ」

 セレブグループの集まりで、6人の中でも最も資産家であろうと思われる40台半ばのMという女が言った。

「あら、いいわね」

 他のセレブ女たちの何人かも同調した。

「でも、ちょっと街のクラブへ素人同然に行くなんて恥ずかしいじゃない」

「そうよね。でもそれなら誰かに来てもらってマンツーマンで教えて貰えば」

「うちのが嫌がるのよ」

 そんな会話を亮平は耳にしていた。

「社交ダンスに行こうと思ってるんだけど」

 ある夜、詩織に言うと、

「社交ダンス? どうして?」

 珍しく理由を聞いてくる。

「大学に社交ダンス部があってさ、友達がやってて大会に見学とか行ったことがあってね、実際見てみると結構凄いんだよ。一度やってみたいとは思ってたんだけど、今までなかなか機会がなかったから」

 亮平は適当な言い訳をした。

訝しげな目つきで亮平を見た詩織だったが、結局は、いいわよ、行ったらと言った。

 ジムで鍛えていたせいもあってか、社交ダンスクラブに行き始めた亮平は、すぐにそこそこ踊れるようになった。教師は驚き、かつそこに来ている多くの女性を虜にしてしまい、誰もが亮平とパートナーを組みたがった。

 セレブグループの集まりのほとんどは、女たちの自宅か別宅、あるいは一流ホテルで行われていたが、その日は、赤坂のホテルで行われた後、一人が飲み足りないと言い出し、赤坂でも有名なC倶楽部という会員制のラウンジに行くことになった。

 そこは、正面に生バンド、中央にダンスフロアがあり、周りを取り囲むように、ボックス席が設えてあった。

 6人の妖艶な女とモデル雑誌から抜け出たような6人のペットが現れると、他の客たちの視線は彼らに釘付けとなった。

 12人は、最も大きなボックス席を陣取り、店で最も高価とされるシャンパンのサロン・ヴィンテージを3本開けさせた。女たちはすでに結構酔っていて、女子学生のようにはしゃぎ、ペットの膝に座る者や、目を盗んで短いキスをする者もいた。詩織はそんな女たちを自分は違うと言わんばかりの侮蔑するような表情で眺めていた。

 それまでのジャズバラードから一転して、バンドが、ラ・ブルサ・アルスを演奏し始めると、

「踊りませんか」

 亮平は、立ち上がり、Mに手を差し出した。皆の興味津々の視線が集まる。

「え? 私? 私は無理よ」

「僕が教えて差し上げますから。行きましょう」

 ラ・ブルサ・アルスは社交ダンスの一つである、チャチャチャで使われる代表的な曲だった。

 中央のホールでは、ダンスに心得があると思われる数組の中年の男女が、足をよろつかせながら踊っている。

 Mの手を引いた亮平は、基本のステップを簡単に教え、曲に合わせて踊り始めた。

 リズムに合わせた亮平の腰が怪しげにくねり、足は軽やかにステップを踏んだ。

「どうです。馴れれば意外に簡単でしょう」

 10分ほど踊り、Mの背中に手を添えた亮平がそう言いつつボックス席に戻ると、セレブ女たちの羨望の眼差しに迎えられた。詩織だけは、勝ち誇ったような満足気な表情を浮かべていた。

 

 3年間の契約期間が無事終了し、詩織との約束通り、亮平は7千万円を手にした。

「やっぱり私の見立ては間違ってはいなかったわね。それで提案なんだけど契約を延長したいの。あと、3年。1億払うわ。どうかしら?」

 詩織はそう言った。

 亮平は、ポケットからタバコを取り出し、火をつけた。

「僕のこれからの3年間の価値が1億ですか」

 そう言って、亮平は深く吸い込んだタバコの煙を、詩織の顔に吹きかけた。詩織はその煙を手で払い、苛ついた表情で、

「いくらならいいのよ。はっきり言って」

「それは僕が言うことじゃありません。貴方の価値観で貴方が決めることでしょう。それが本物のお金持ちなんですよね」

 詩織の顔はみるみる紅潮していく。

「じゃあ1億5千万払うわ。それなら文句ないでしょ」

 亮平はそれには答えず、タバコを咥えたまま、詩織の部屋を後にした。

 

 翌月、開かれたセレブグループの集まりに、亮平は参加した。

 Mのペットとして。

           

                     了