てんのなかのきぼう

短編小説を綴っています

エッセイ 雪の顔

二十年ほど前、転勤で札幌に数年暮らしたことがある。

 最初の冬、初めて雪虫を知った。その名の通り、雪と間違うくらい白く小さな虫がフワフワ大量に舞い、雪の訪れを知らせるのだ。

 雪にはいくつもの顔がある。

 僕は、静まり返った早朝の銀世界が大好きだった。

幻想的で、荘厳で、稀に、厚い雲の切れ間から一筋の光が差し込む時などは、思わず息を呑むほど美しい。

仕事の終わった夜、雪の無人駅のホームで、一人いつまでも来ない電車を待つ。

世界には暗闇と降りしきる雪と自分だけ。

これほどの容赦のない孤独を感じたことが果たしてあっただろうか。

ただただ永遠とも思える時間だけが過ぎていく。

 冬の朝、高速道路を岩見沢市へと向かっていると、徐々に雪が激しくなり、ついには猛吹雪になった。

 白、白、白。

他には何も見えない。時折、猛烈な雪を撒き散らして大型トラックが走り抜ける。手汗と背中を流れる汗が半端ない。

こういう時、低速で走り続けろと聞いていた僕は、何ものも見逃すまいと、ハンドルに覆い被さるようにして走っていたが、あっと思った時はすでに遅かった。

 前を走る車の赤いテールランプが微かに目に入った瞬間、咄嗟にブレーキを踏むと、車は右に大きくスピンし、ガードレールに衝突して、反対方向を向いて止まった。

パニックになった僕の視界に大型トラックが迫るのが見え、必死にパッシングを繰り返すと、トラックは轟音と共に僕の横をすり抜けて行った。

死は思いの外、身近にあると知った。

僕は、平日は出張で家を留守にしていたので、冬の週末は溜まった雪掻きが主な仕事だった。

ある日、出張から帰ると、家の前が格段に綺麗になっている。

カミさんは、近所の一人暮らしのお爺さんが掻いているのを見かけたと言うので、お礼に伺うと、ランニングシャツ姿のそのお爺さんは、照れた表情で、なんもさあと言った。

そしてそれは、カミさんの雪掻きが一人前になるまで黙々と何度も繰り返された。

 豪雪で知られる深川市での仕事の折、腰の曲がった高齢の小柄な女性がやってきた。

大雪の降る夜だった。

三時間かけ電車とバスを乗り継いで来たと言う。

こんな日にありがとうございますと言うと、なんもさとニッコリ笑った。

その笑顔に胸が熱くなり涙が込み上げた。

 猫が行方不明になった雪の夜に助けてくれた近所の人々に、菓子折りを持ってお礼に回った際の一言が今も忘れられない。

「お互い様っしょ。こんなことするならもう二度と手伝わないからね」

 雪が見せてくれる顔は、そのどれもが非情なまでに真剣だ。

雪は本気なのだ。だからこそこの上なく美しく、とてつもなく厳しい。

人の中途半端な感情などに左右されないし、雪の前では全く無力で小さい自分を徹底的に思い知る。

そういえば、初雪前に大量に街を舞い、時折、口や鼻や目に飛び込んでくる、あの可憐な白い雪虫は、アブラムシの一種である。

このあたりもある意味厳しく、甘くはないのだ。